弁膜症と言われたら

1. 弁膜症とは? 

心臓は1拍につき60mlの血液を送り出します。心臓には4つの部屋があり、弁と呼ばれるドアで仕切られています。ドアが開いて部屋が収縮して、血液を送り出しますが、血液が戻ってこないようにドアが閉じます。このドアに隙間があると血液が一部手前の部屋に戻ってしまいます。これを逆流と呼びます。逆流があると音がしますので、聴診器で聞くと音がして、健診で「心雑音がしますね」と言われて再検査になったりします。ドアが固くなることもあります。血液が送り出されるときにドアが狭いと血液を送り出すのに圧力が取られてしまいますが、これを弁の狭窄と呼びますが、この時も音がします。検査で有効なのは心臓超音波検査、心エコーと呼ばれる検査です。魚群探知機のように音波の反射で体の奥の形をとらえます。弁の逆流や狭窄をとらえるのに最も優れた検査です。

2. 歯周病の管理が必要 

弁膜症は加齢とともに増えますので、ご高齢の方に軽度の弁膜症があるのは珍しくありません。軽度以上の弁膜症でまず気を付けることは歯周病のコントロールです。弁膜症と関係抜きに8割の方は歯周病をお持ちです。歯磨き中の出血、抜歯、歯石除去などの時に歯周菌は血管の中に高率に入ります。大抵は歯周菌は血中で白血球に捕まって消えてしまいます。しかし逆流を伴う弁膜症があると、逆流がぶつかる心臓の内側を覆っている心内膜と呼ばれる壁に傷がついて、表面のバリアが壊れて血糊がつき、これを培地として細菌が取り付きやすくなり、細菌が繁殖するとを感染性心内膜炎とよばれる重症の病気になります。1000人に数人の病気ではありますが、歯医者さんで抜歯や歯石除去した後に熱が出たらこれを疑わないといけません。軽度以上の弁膜症をお持ちの方はかかりつけの歯医者さんにお知らせして、抜歯の直前などに、感染性心内膜炎を予防する抗菌剤を内服しましょう。

3.重度の逆流では心筋への負担を考える

元々心臓の筋肉はマラソンが走れるぐらいに設計されていますので相当余裕があります。逆流が軽度から中度の方は、心臓への負担はあまり考えないで歯周病管理や血圧などの管理をしていけばいいと思います。重度と言われると心臓の筋肉への負担を考える必要があります。元々心臓は1回60mlぐらいの血液を心臓の部屋から部屋へ、あるいは大動脈や肺動脈へ送り出していきます。重度の逆流量を仮に60mlとすると、元々送り出す60mlと合わせて120ml送りだして、そのうち60ml帰ってきてしまうことになります。心臓の筋肉に余裕があって慣れてしまえばさほど問題はありませんが、余裕がないと心臓の部屋が大きくなってきたり、心臓の手前に血液がよどむようになります。大動脈弁や僧帽弁の逆流では肺静脈によどみ、息切れが出ることがあります。肺動脈弁や三尖弁では体の静脈によどみ、胸水、腹水、足のむくみが出ることがあります。このようなサインや症状が出るようですと投薬が必要になります。

4.大動脈弁の狭窄には動脈硬化対策を

心臓のドアは狭くなることがあります。狭くなると血液が通り抜けるときに圧力が必要になり、手前の部屋の圧力が上がり、部屋の拡大、壁の厚みが増えて固くなる、などの異常が起きてきます。多いのは大動脈弁の狭窄です。原因で多いのは動脈硬化です。血管や心臓のドアは血圧、コレステロール、脂質、タバコ、糖尿病などで傷がつきます。道路のアスファルトに穴が開くとアスファルトを持ってきて塞ぎますが、血管では白血球たちが修復します。例えば悪玉コレステロールが高いと白血球がこれを食べてダメな白血球になってしまいます。ダメな白血球が傷を直すと元通りにならずにガタガタした穴ぼこだらけだらけの道路のようになってしまいます。白血球は自分の骨のように石灰を置いていきますので、徐々にしなやかだった血管壁や心臓のドアに石灰がたまって、硬くなってしまいます。これが動脈硬化と弁の硬化です。固くなると血液が流れてきてもドアが開き切らないので血液は狭いドアで押し合いになって強い圧力で押し出さないと流れないようになります。大動脈弁の狭窄と言われたらまず動脈硬化を調べ、悪玉コレステロールのLDLが高ければこれを下げ、血管年齢が進んでいればイワシ油のEPAを取り、血圧が高ければこれを下げる必要があります。下の血圧は大動脈弁に負担をかけて、上の血圧は心筋に負荷をかけますので両方に注意が必要です。2つめの原因は子供の頃の溶連菌感染をきっかけに起きるリウマチ熱と呼ばれます。扁桃腺が腫れて熱が出て2週間ぐらい抗生剤治療をした記憶があったらそうかもしれません。溶連菌と心臓の弁の抗原性が似ているために、溶連菌を攻撃する抗体が心臓のドアや心筋を攻撃して、この跡が残ってこれが狭窄の原因になることがあります。大動脈弁以外に僧帽弁にも固くなっている所見があると疑いは濃厚です。年齢とともに徐々に硬化が進むことがありますので経過観察が必要です。3番目は生まれつきです、親兄弟親せきに心臓の病気を持っている方に多いのですが、生まれつきドアの形が少し変わっていて3枚ドアが2枚ドアになったりすると、弁の加齢が早く来て硬くなることがあります。

5.弁膜症が起こす症状

大動脈弁の弁膜症の場合に良く起きる症状は息切れ、失神、胸痛です。大動脈弁の狭窄の時は血圧の上と下の差が減ることがあり、大動脈弁の逆流では逆に血圧の上と下の差が大きくなることがあります。僧帽弁の弁膜症で起きるのは運動時の息切れ、咳、動悸です。僧帽弁の病気が長く続くと、より手前の肺動脈や右心室まで病気が進み、胸水、腹水、足の浮腫、食欲不振といった右心不全と言われる症状が起きることがあります。

僧帽弁に病気があると不整脈が起こりやすくなります。右心房にはリズムどりをする洞結節という社長さんがいますが、僧帽弁の手前にある左心房にはリズムどりの控えの副社長さんがいて、負担がかかると社長さんを飛び越して指令を出してしまうようになります。これを期外収縮(社長さんのリズムでない収縮)と呼びますが、このリズムがぐるぐると心房を回るようになると心房細動と呼ばれる脳梗塞を増やす不整脈になり、脳梗塞のリスクが増えます。

6.治療

壊れた弁を治す前にやるべき治療はどんなものでしょうか。歯周病のコントロールに引き続きやることは、まず大動脈弁の狭窄症では動脈硬化の進行を防ぐことです。運動、減量、卵や糖質を控えるなど食生活の見直し、降圧、悪玉コレステロールを下げる、EPAの内服、血圧を下げる事などが必要です。僧帽弁閉鎖不全では左室圧を下げることが弁の負荷を減らすことになりますので、上の血圧を低めに保つことが大事です。高血圧を伴う場合はACEという心筋が回復する降圧剤をまず用います。動悸と息切れがある場合は1日心電図や運動負荷で狭心症や不整脈を検査し、必要な投薬や追加の検査を検討していきます。腹水や足のむくみ、労作時の息切れでは利尿剤を用いて過剰な塩分と水分を除去します。動悸や胸痛には脈を整え、心臓の酸素消費を減らすβ遮断や冠動脈を広げる薬などが有効です。失神には不整脈や冠攣縮を1日心電図で確認することが必要です。

7.手術による治療

弁膜症の手術治療は年々進歩してきています。以前は胸を切開して、人工心肺という機械を使って一時的に心臓を止めて弁膜の異常を治す外科的手術の方法が主流でしたが、最近はカテーテルでなおす治療が盛んになり、数が増えてきています。大動脈弁狭窄ではTAVIと呼ばれる方法の適応範囲が少しずつ広がり、僧帽弁閉鎖不全ではMiraclipと呼ばれる方法が発展して、切らずに治す方法が増えてきました。弁膜症が重症の方は弁そのものの治療が必要になることがある事、薬で上手にコントロールすれば手術のタイミングを引き延ばせる可能性があること、心房細動のような不整脈を合併していくリスクは年々高まる事、日進月歩で外科的治療法が進歩していくこと、外科手術では年齢の適齢期がある事、などを考え合わせながら手術による治療の選択とタイミングを検討していくことが必要ですね。(TAVI:TransAorticValve Implantation経カテーテル的大動脈弁植え込み術)(Mitraclip経皮的僧帽弁形成術)

まとめ 心臓弁膜症は心臓の4つある部屋のドアの異常です、実は多くの方がお持ちの身近な病気です。ご自分に必要で適切な予防や治療は何かを検討してもらいましょう。(爽心会 心臓クリニック藤沢六会 磯田 晋)