若い方の運動時の息切れ

体育で長距離走が苦手な方は少なからずいらっしゃいます。運動不足や練習不足もあるでしょうし、頑張りが足らないと言われればそうかもしれません。でも体質的な問題が隠れている場合がありますので自分の頑張りが足らないせいとは限りません。ここでは心臓、血管、自律神経の状態から起きる運動時の息切れについて考えていきます。

運動をすると息が切れるのは、基本的には肺の静脈の圧力が上がって肺がおぼれそうになるためと思ってください。運動をすると体の筋肉の血流が多く必要になります。運動すると自律神経が興奮して心臓にシグナルを送り、また副腎から分泌されるアドレナリンが増えて心臓と血管に反応が起こります。まずは心拍数が上がります。すると心拍の増加にほぼ比例して心臓から送られる血流、すなわち心拍出量が増えます。次に心臓の筋肉の収縮が増強しますので1回の心拍あたりの拍出量が増えて心拍出量が増えます。体により多くの血流が送られると心臓に帰って来る血流が増加します。静脈が張り、肺の静脈の圧力も上がってきます。この肺の静脈の圧力の増加が息苦しさの一つの原因です。その他、二酸化炭素の貯留、酸素の不足、体液の酸性化なども息苦しさの原因になります。次に心臓の血の巡りについて考えます。運動するときに心拍や血流の拍出が増えると心臓の酸素の消費が増えます。脈が毎分60回から120回に増えれば、心臓の筋肉、すなわち心筋の酸素の消費量は2倍に増えます。その時に血圧が100から150に上がれば心筋の酸素消費はさらに1.5倍になり、計3倍に増えます。心臓に酸素を供給するのは冠状動脈です。冠状動脈はその緊張をコントロールすることで心筋に送る血流の量をコントロールしています。運動して時に心筋の酸素需要が増えるのに、心筋に供給される血流の量がバランスよく増えないと、心筋は虚血と言って酸素の足りない状態になります。坂を登るときにのどが詰まったり、時に胸苦しくなったりするのはこの心筋の虚血を意味しています。心筋が虚血になると心臓の機能が落ちますので、十分血液を体に向かって押し出せなくなり、心臓の手前の肺静脈に血液がよどんで息が切れます。

運動時の息切れと体質の関係について考えてみましょう。まずは運動時に脈拍の上がりやすい方です。脈拍上昇のベースにあるのは自律神経や甲状腺機能の亢進ですが、運動時に過剰に脈拍数が上がると心臓の負荷が大きくなり運動時に息切れを起こしやすくなります。脈拍数は安静時では毎分60-80回ぐらいが正常です。運動すると脈拍は上がりますが、毎分(200-年齢)回が一般的な安全限界です。例えば15歳の方では毎分185回までが安全です。自分の耐えられる最大の負荷をかけたときに200-年齢ぐらいの回数になっていればちょうどいいということになります。ちょっとした負荷で脈がこれ以上に上がるようだと、運動時に心臓に負荷がかかりすぎてスポーツ心臓で認められる心臓に変性や加齢が起きて、心筋や刺激の伝導などに傷がついていくようになります。次は血圧が上がりやすい体質です。若い方では一般的に少しぐらいの運動ではさほど血圧は上がりません。普段血圧の上が100ぐらいの方は運動すると120-140ぐらいまで上がることが一般的ですが、中には200以上に上がってしまう方もいます。血圧の上がり具合は自律神経で調節されていますが、冷え性のように血管の収縮が起こりやすい方では同じ血流量でも抵抗が増して血圧が上がります。100の血圧が200になるということは、心筋の仕事が2倍になってしまうことを意味しています。体の筋肉はより大きな仕事にさらされていると、重量挙げの選手の筋肉のように太くなっていきますが、心臓の場合は心筋が分厚くなると、硬くなり、心臓に必要なしなやかさが失われ、心臓の機能が悪化して行き、不整脈が出たり、息が切れたりします。三つめは冠動脈の緊張による心臓の虚血です。体の血管が締まると血圧が上がるのに対して、運動時に心臓の筋肉に血液を流す冠動脈の緊張が不必要に亢進すると、心筋へ流れる血流が低下して、心筋が虚血に陥ります。心筋虚血は酸素の不足ですので、心筋が窒息しそうになって苦しくなり、これが胸部の締め付け、のどの詰まりの原因となり、心筋虚血でおきた心機能の低下は肺の静脈によどみをきたし息切れの原因になります。

さて脈拍、血圧上昇、心筋の虚血に影響を与えている原因について考えてみましょう。自律神経は脈拍、体の血管の緊張、冠動脈の緊張のコントロールを任されています。自律神経の特に交感神経が興奮しやすいと脈は速く上がり、体の血管が締まりやすく血圧が上がりやすくなります。また冠動脈が自律神経の興奮で収縮しやすい方は冠攣縮により心臓の虚血が起こりやすくなります。

さて自分で改善するための方法を考えましょう。運動の負荷がかかった時に自律神経の興奮やアドレナリンの分泌が過剰にならないためにできる事を考えます。まずは普段から運動することです。いつも運動しないでたまに運動すると、自律神経は敏感になり興奮しやすくなりますし、脈拍や血管の収縮も起こしやすくなります。次に自律神経を興奮させる要因を減らすことです。これはカフェイン、スマホのブルーライト、睡眠不足、酒、たばこなどです。自律神経を安定化させるためには適度に塩分を摂取して体液の量を保ち、野菜でカリウム、豆腐やノリでマグネシウムを摂取し、歯をよく磨いて歯周菌を減らして腸内細菌叢を安定させることも有効です。

投薬によって改善できる可能性について考えます。脈拍の上昇はβ刺激という自律神経から心臓の脈拍に伝わる刺激によりますが、これはβ遮断という薬で心臓の興奮を抑えることができます。次に血圧の上昇はβ遮断に加え、Ca拮抗薬を用いることで血管の平滑筋の収縮の過剰を防いで運動時の血圧を低下させて、運動時の心臓への負担を減らせます。次に冠状動脈の収縮である冠攣縮については、血管収縮の緩和や体液の増加のためにイワシの油であるEPAや葛根湯が有効です。より積極的には冠状動脈を広げる種類のCa拮抗薬、亜硝酸剤、冠拡張薬が有効です。野球、テニス、サッカー、水泳、陸上などのスポーツをしている方で、脈拍、運動時の血圧上昇、冠攣縮による息切れ、動悸や心臓の虚血を持っている方は少なからずいらっしゃいます。必要に応じて薬を使うことは不整脈や心筋の障害を減らし、時に運動能力を改善し、アスリート寿命を延ばします。不整脈や心筋障害のサインが出てきたアスリートの方は競技をほどほどにするか、あるいは引退するまで薬のサポートを受けるかという選択がたいていの場合可能です。 長距離走で息が苦しくなってしまう方、思ったように運動能力が伸びない方、運動時の動悸、胸痛や息切れが気になるようになった方はご相談ください。(爽心会 心臓クリニック藤沢六会 磯田 晋)